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届きえぬ想い、
       叶えがたき願い

序章

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

第六章

終章



 ……遥か昔、至高神と竜神の間で激しい戦いがあった。
 辛うじて勝者となった至高神は敗者である竜神を歴史の影へと追いやり、世界を自らの統治する理想郷としたのである。
 しかし、それでも。たとえ影に埋もれても敗者は復仇の時を忘れない。
 時代は移ろい、至高神の勝利を祝う祝日を前にして、ついに竜族の戦士が行動を起こした。

第三章

「正直言って、お前が素直に手伝ってくれるとは思っていなかったよ」
 薄暗い部屋の中で、一人の男が目前の女性に声を掛けた。
「この計画を最初に打ち明けた時、お前は何がなんでも反対だと言い切った。そう、力付くでも止めさせてみせると……」
 男の言葉に、女は僅かに首を動かした。全ての窓にはきつく鎧戸が降ろされ、天井の換気窓さえ塞がれている。その為に空気は澱み湿度は上昇し、室内は堪え難いまでに不快な空間となっていた。
「それが、一体どういう気変わりをしたのだ?」
 女は無言で何も答えない。机の上でか細い炎を周囲に向けて投げかけている一本の蝋燭の明かりだけでは、女がどんな表情を浮かべているのかさえ定かでは無かった。
「それとも……まさかこの期に及んでも、オレを制止しようなどと言うんじゃないだろうな」
「……制止した所で、それを聞き入れるつもりがあるのかしら?」
 窓の方に視線を向けたまま、女が唐突に口を開く。
「ここで制止して聞くようならば、初めからこんな馬鹿げた事をした筈がないわ。それに今更全てを無かった事には出来無いでしょう」
「それでは、お前も手伝ってくれるのだな? この一大壮挙を」
 やや興奮したように男が言葉を続ける。行動を起したはいいが、やはり一人では荷が重く、どうする事も出来ぬまま予定を遥かに超過しながら無為な日々を過ごしていたのだから。
「それは助かる……これで、どうやら上手く行きそうだ」
「勘違いしないで」
 ぴしゃりと女は叩き付けるように言葉を続ける。
「もうこの事態を完遂するしか方法が無いから手伝うのよ。本当は今すぐにでもこんな軽率な行動は止めさせたいけれど、今更あれを返しても事態は収まらないでしょうからね」
「確かにな……ここで見つかったりすれば、到底無事では済まんだろうな」
「とにかく、ミッチェル兄さん」
 女が釘をさすように言う。
「取り敢えず私は周囲の様子を見てくるわ。今度は勝手な行動はやめてよ」
「わかったよ、レイチェル」
 ミッチェルと呼ばれた男が軽く首をすくめる。
「オレはここでおとなしく食事でもしておくさ」
 レイチェルと呼ばれた女は無言でマントを羽織り、部屋を後にした。

「……この街のどこかに犯人は潜伏している筈よ」
 机の上に広げられたヴァリア・ポリスの詳細市街地図を前に、アリシアは難しい表情で口を開いた。
「“イシスの聖印”に掛けられれいるローケイトの魔法は、犯人によって効果を封じられているみたいだから、それを頼りにする事は出来ないけどね」
「せやったら、もう街の外に持ち出されてるかも知れへんとちゃうん」
 退屈そうな表情で横から地図を眺めていたセルシアが口を挟む。
「大体、盗賊っちゅう人種は人が思うとる以上に臆病なんやで。あんな物騒なモンをいつまでも抱えたまま、ここいらに隠れとるとは思えへんのやけどなぁ」
「……そうね。でも、聖印の紛失が発覚してから今日に至るまで、このヴァリア・ポリス周辺の門はその全てが厳重な警戒態勢下におかれているわ。いくらローケイトの魔法を封じているとしても、それだけで門を突破するのは無理よ。僅かでも反応があれば、探知球がそれを見落とす筈がないわ」
 確かにそれは言える。大いなる至高神本人の手によって掛けられた呪文の効果を完全に封殺する事など、絶対に出来ない。もし出来る者がいるとすれば、それは同格の力を持つ神だけだ。
「なるほどねぇ」
 わかったのかわかってないのか、何とも判断付きかねる返事をセルシアが返す。
「せやったら、犯人はこの街のどこかにおる。それも、これだけ大勢の人手で捜しても見つからへん場所にや」
 セルシアはぐるりと地図を見回した。
「せやけど……実際問題として、そんな都合のいい場所なんかあらへんと思うんやけどなぁ」
「………」
 今度はアルシアが黙り込む番だった。確かにセルシアの言葉は間違いではない。
 この都市にいる全ての神殿衛士達が街中をしらみつぶしに捜索している。これだけ厳重な捜査網から逃れるのは、確かに容易な事では無いだろう。
(それにしても……フォルシア様が地上に命令を下すのとは別に、ディアーネ様が地上におられるなんてね……)
 どうやら“至高なる天空の大神殿”内部も、磐石な一枚岩と呼べる程に統制が取れている訳では無いらしい。地上にすむ卑賎な我らと、やっている事に大差は無いというワケだ。
「水も漏らさぬ大捜査網っちゅうワケや」
 感心しているのか、呆れているのか良くわからない口調でセルシアが言う。
「で、これだけの人員を動員しても、未だ犯人は見つからず……ご苦労なこっちゃなぁ」 
「たとえ漏れなくても、気化してしまう事はあるかもね」
 セルシアの軽口にそう返事しながらも、アルシアは何かを求めるように地図の上に視線を走らせる。
「それに淡水も塩水も、混ざってしまえば区別のつけようがなくなるしね……この広大な面積を持つ街の中に潜んでいる相手を捜すのは、砂場から一粒の砂金を捜しているようなものだわ」
 ここ数日間、地図と睨めっこを続けていたせいか、アルシアの顔色はあまり良くない。病気がちという程では無いにせよ、もともと身体が丈夫な方ではない彼女に、この状態を続けさせるのはあまりに酷だ。
「そのご苦労なことを、現在進行形で実行してはる連中に悪いやろうけど……姉さんも少しは休んだ方がええで。なんや病人みたく顔色が悪いやん」
 セルシアの言うとおりだった。ここ数日の間食事と言えば粗末な黒パンに僅かな果実水だけで睡眠も殆ど取っていないアルシアの表情には、疲労の色が強くあらわれている。
「その義務感と責任感は伝説に誉め称えうる偉業やと思うけど、本番で倒れてもうたらなぁんの意味もあらへん」
 セルシアの言葉にアルシアが軽く頷く。だが、頷いただけで彼女は自分の作業をやめようとはしない。
「……何かを、絶対に何かを見落としている筈なのよ」
 疲労のせいか、どうにも思考が鈍い。
 この街のどこかに犯人は潜んでいる。それだけは間違い無い。そしてこれほど大規模な捜索でも発見にはいたっていない。衛士の一人が殺害されるという失態まで演じているにも関わらず。
 余程巧妙に隠れているのか、それとも想像を絶する手段を用いているのか……。
「まぁ、姉さん……取り敢えず息抜きにお茶にでもせえへん?」
 考えに耽っていたアルシアに、銀のポッドから温かい香茶を注ぎながらセルシアは口を開いた。
「いくらなんでも、お茶の一杯ぐらい楽しんでる時間はあるやろ」
「有り難う、セルシア」
 出された香茶の心地よい香りに、アルシアが感謝と喜びの混じった表情を浮かべる。なんといっても彼女は、自分の妹の煎れてくれる香茶が大好きだった。何かと粗雑な面ばかり目立っている妹ではあったが、なかなかどうして香茶を煎れる腕前は一流だ。
「………?」
 渡された香茶に一口つけた瞬間、アルシアは急に意識が遠のきそうになってぐらりと身体をよろめかせた。腰にまるで力が入らない。握力を失った手からティーカップが滑り落ち、床の上で派手な音と共にくだけ散る。やや遅れて、アルシアはがっくりと膝をついた。
「一体……なにが……どうして……?」
 必死に体勢を立て直そうとするものの、身体が全く自分の意志を受けつけない。今や意識は完全に闇の領域に沈みこもうとしており、抵抗は全く無意味だった。
 これでは、まるで誰かに一服盛られたかのようではないか。
(……まさか、セルシア……!?)
 考え得る唯一の可能性に思い当たると同時にアルシアは完全に意識を失い、床の上に倒れ伏した。
「……姉さんには、何よりも休息こそ必要や」
 床の上に倒れたアルシアを抱き起こしながら、セルシアは小さく呟く。
「せやけど口でゆうても、ちっとも聞いてくれへんもんね」
 敬愛する姉に対して一服盛るという事に対して、全く抵抗感が無かったわけではない。正直言って自己嫌悪感さえ感じている。
 だが、こうでもしない限り、アルシアは絶対に休息を取ろうとはしないだろう。絶対に自分の身体よりも、神殿での役目を果たす事を優先するに決まっている。
 それが一種の美徳である事は理解出来るが、だからと言ってアルシアが衰弱してゆくのを黙って見ている事などできない。
 そもそも他の神職者達から白眼視されながらも自分がこの場所に出入りしているのも、アルシアの身体を気づかっての事なのだから。実際の所アルシア本人が自覚している以上に、その身体は華奢に出来ているのだ。誰かが適当に歯止めをかけてやらないと、過労死するまでてしまこき使われてしまうかもしれない。
 最高法院とはそれぐらいの事なら平気でやりかねない組織であり、アルシアもまたそれを良しとするような性格の持ち主なのだから。
 そんな姉を休ませる為には、乱暴な手段に訴えるのも止むを得まい。

 まだ昼間だというのに、その部屋の中は不自然な程に薄暗かった。窓という窓の全てが固く閉ざされている上に、唯一の光源である卓上ランプにも明かりはともされていないからだ。
 初めてヴァネッサ司教によって紹介された時もそうだったが、とかくセルシアの好みに合わない行動を好む相手だ。
「……どうやら、ようやくその気になってくれたようね」
 セルシアが部屋に入るなり、薄暗い部屋の、更に暗がりとなっている部分にいる女性がゆっくりと口を開いた。
「あれから呼びもしないのにこの部屋を訪れたということは、つまりそう解釈しても構わないという事なのでしょう?」
 言葉と同時に、不意に室内に明かりが灯る。その光源の側に全身を青づくめの衣装で固めた戦乙女、セレスが意味深な微笑みを浮かべたまま座っていた。
「お互いにとって、決して悪い話ではないですからね」
「………」
 セレスの言葉に、セルシアは無言で厳しい視線を向ける。凄味さえ感じさせるその視線にも、セレスは全く動じた様子を見せない。最初と同じように冷ややかな微笑みの表情を浮かべたままだ。流石というべきか、やはり“導かれし者達”の視線ごときで、戦乙女をたじろがせる事など出来る筈も無い。ありきたりな言葉で表現するならば、それは格の違いとでもいえるだろうか。
「……約束は、確かに守ってもらえるんやろね」
 先に折れたのは、セルシアの方だった。それも仕方の無い事だろう。
「口約束だけで、後で反故になるなんて事は、絶対にないんやろね?」
 セルシアの言葉に、セレスは僅かに唇を歪めた。
「心配する必要などありませんよ。私は誇り高き戦乙女の、そして戦乙女をまとめるフォルシア様の副官。この名前と名誉にかけて、嘘や胡麻化しを口にしたりはしませんよ……」
 そこまで言ってから、セレスは意味深な笑みの表情を浮かべた。
「心配かしら……だったら、別に私の誠意や良心を信じる必要はないわ。世間に対する見栄や外聞、政治的必然性を信じてくれれば結構よ」
 自分達の事を言う時でさえ、セレスの言葉には容赦という物が存在しない。これが至高神が世界に誇る戦乙女の鉄壁の規律という物なのかも知れない。
「例え相手が“導かれし者達”であっても、約束を反故にしてはイシス・ハーン様のご威光に少なからぬ傷がついてしまうのですから」
 飾り気の無い……というよりは身も蓋もないセレスの言葉は、逆にセルシアにある種の信頼感を与えるに充分な物だった。
「つまり、うちらに政治的な価値があるうちは、信じとってもええわけやね」
 セルシアの返事は、率直と言えば余りに率直すぎるものだった。“導かれし者達”である人間が、仮にも戦乙女であるセレスにぶつけるものとしては、充分以上に礼を失したものだろう。不敬罪に問われても文句は言えない。
「……そう解釈して貰って結構よ」
 セレスはセルシアの言葉にも対して腹を立てるでもなく、余裕の笑みを見せた。
「つまりは全てが貴女しだい。貴女が我々の期待に応えてくれれば、それで万事丸く収まるわ」
「………」
 セレスの言葉に、セルシアは僅かに表情を歪める。言葉こそ丁寧かつ友好的だが、その実選択肢というものを全く与えてくれていない。タチの悪い恫喝だ。
「あなたは敬愛する姉上を、この報われない苦痛から救い出したいのでしょう? その為にはあらゆる意味での力が必要……違うかしら?」
 その通りだった。好きになれない相手であるにも関わらずセルシアが敢えてこの部屋を訪れたのは、まさにその為だった。
「……うちの姉さんは何もかも全てを御上に捧げはった。うちらの父ちゃんもそうやったし、母ちゃんもそうやった」
「………」
「両親は娘であるうちらより、御上への忠誠と献身を選びはったんやで。信仰に殉じた父ちゃん母ちゃんは、確かに偉大な殉教者やったかも知れへん。せやけど、その為に捨てられたうちらの思いはどうなるんや? そして姉さんが捧げる忠誠と人生に、御上はどうやって報いてくれるんや?
 姉さんは、両親だけやあらへん。今まで生きていた人生の大半を捧げたんや。いや、それだけやあらへん」
 言葉と共に感情が昂ぶってゆく。それが激しい怒りの発露である事は誰の目にも明らかだ。
「姉さんは、将来の伴侶となる筈だった恋人への想いまでささげたんやで! せやけど、御上がその犠牲に何を報いてくれた言うんやね!」
 セルシアの言葉に、一瞬セレスの肩が動く。だがセレスは相変らず無言のまま、何も口にしようとはしない。
「一方的に捧げるだけが信仰や言うんやったら、うちは、そんなもの……そんなもの、絶対に認めへん!」
「……世界を構成する根幹理念とは、即ち公平な取り引きである……」
 ようやくセレスが重い口を開いた。
「つまり貴女は、我らが主であるイシス・ハーン様にもそれを求めるというわけね」
「そや、だからうちは高みを目指すんや。高く、どこまでも高くね……無意味な忠誠や献身なんか、うちは金輪際ごめんや!」
 気持ちの高まりを隠せない表情と言葉で、セルシアは激しい言葉をセレスに向ける。
「誰かの為に生きるのが嫌だとは言わへん。御上に尽くすのが嫌だとは言わへん……せやけど、うちらはいずれは死する運命を背負った人間なんや。永劫の時を生きる神じゃあらへん。いずれ報われる時が来るやも知れへんけど、それを信じて堪え忍び続けるのは無理や」
 まさにその通りだ。“導かれし者達”である人間は、永遠に生きる事など出来ない。いつか全ての献身が報われる日が来るとしても、それを悠長に待っているような暇は無いのだ。
(……なるほど、噂通りの上玉ね……)
 言葉を口にすればするほど押えが効かなくなる感情の昂ぶりをどうにか落ち着けようとしているセルシアの様子を眺めながら、セレスは面白そうな笑みの表情を浮かべた。
(仮にも至高神の使いである私を前にこうも歯に衣を着せぬ言葉を出せる度胸といい、物事を単純化しなおかつその本質を捕らえる能力といい……とても凡庸な人間に出来る事ではないわね……)
 実際の所セレスは地上に人間に対して、それほどの期待を持っていたわけではなかった。まさか殆ど気まぐれに訪れた場所で、これほどの掘り出し物に出会えるとは……。
「では、全く問題はないわね……後は、貴女が私たちにとって有益な存在である事を証明するだけ」
 内心とは逆に、敢えて事務的な口調でセレスが言葉を続ける。
「そうすれば私達の目的が達成され、晴れてあなたの願いも叶うわけです……こう見えても、私は貴女に期待しているのよ」
「それで、うちに一体なにをやらせよういうんかいな?」
 見え透いたセレスのお世辞に耳を貸す様子もなく、セルシアは乱雑な口調で質問を発した。
「どのみちロクな事じゃあらへんやろけどな……天空の高貴なる御仁が、果たしてうちのような下賤な存在にどんな頼み事があるんやろね」
 セルシアの言葉にセレスの唇が僅かに笑みの表情を浮かべる。確かに彼女がセルシアにさせようとしている事は、そのロクでもなさにかけては天下一品の物だった。

「なぁるほど……これは、確かにとんだ馬鹿騒ぎだわ」
 行儀悪く歩きながらリンゴをかじっていた女性は、往来を右往左往している神殿衛士達の姿を眺めながら心底呆れ返ったように呟く。
「あの二人も、とんだ騒ぎを起こしてくれたものね……」
 癖のある短い赤毛を左手で掻きむしり、その緑色の瞳にどこか人を小馬鹿にしているような表情を浮かべる。
 なんとも素性の知れない人物ではあったが、生憎厚手のTシャツと半ズボンの上にマントを羽織っただけという軽装の女性に敢えて注意を向ける神殿衛士はいなかった。
(やれやれ……普段なら少しは気を使う必要もあるのにねぇ……)
 本来であれば相応の用心や準備なしには訪れられない場所なのだが、この騒ぎの中ではその必要もないらしい。まぁ、彼女としてもその方が楽なので非常に結構な事だが。
 竜騎士カルラ・ゲインズ・ラディッシュに取ってこの場所は、もはや完全に“敵地”だと表現できる場所なのだから。
「まったく……どんな勝算と見込みがあってあんな馬鹿な事をしたんだか……」
 どう考えても正気の沙汰じゃない。自分がこんな危険な場所まで出向かなくてはならなくなった直接的原因、即ち“イシスの聖印”強奪についてラディッシュの正直な感想であった。
 実行者は自分の成し遂げようとしている快挙に単純に酔っているかも知れないが、現実はそう簡単には進まない。
 今至高神に対して何かの騒ぎを起こしても、それは意味など全く無い。約千年程前の至高神が力を失った直後であればまだなにがしかの効果が期待できたかもしれない。だが至高神が再び力を取り戻しその支配体制を磐石な物にしている今は、どう足掻いたところで逆転の可能性はない。今は待つべき時なのだ……。
「そういえば、カオスとシルビア……まだ元気にしてるのかしら?」
 人事のように評してみたものの、千年前の戦いには自分も関与している。もっともその時の自分は竜騎士などというご大層な肩書きなど持っていなかったが。その時共に闘った仲間達の事は、多分永遠に忘れる事はないだろう。
「いけない、いけない……今は仕事が先ね」
 軽く頭を振って余計な考えを振り払う。今は過去を懐かしんでいる場合ではない。
 目前に迫りつつある面倒事を片づける事の方が先決だ。今回の馬鹿騒ぎを、できるだけ穏便に、それも至高神の勢力が目的を達成するよりも早く片づける。
 それか今回、彼女がなすべき仕事であった。
「本当に、とんだ面倒ね」
 全く面倒な事ではあったが、この世界に残る最後の竜司教ゼファー=セイレーンからの頼みとあらば無下に断る事もできない。好む好まざるに関わらず彼女は竜騎士の一人であったし、またゼファー=セイレーンには個人的な借りもある。
「やれやれ……取り敢えず二人の場所を突き止めるのが先決ね」
 どんなに面倒で気の進まない仕事であっても、引き受けたからには万全を尽くす。それがラディッシュという女性のプライドだった。