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届きえぬ想い、
       叶えがたき願い

序章

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

第六章

終章



 ……遥か昔、至高神と竜神の間で激しい戦いがあった。
 辛うじて勝者となった至高神は敗者である竜神を歴史の影へと追いやり、世界を自らの統治する理想郷としたのである。
 しかし、それでも。たとえ影に埋もれても敗者は復仇の時を忘れない。
 時代は移ろい、至高神の勝利を祝う祝日を前にして、ついに竜族の戦士が行動を起こした。

第二章

 薄暗い裏通りを、深いフード付きマントを羽織った一人の人影が小走りに走っていた。
まるで誰かに追われているかのように、しきりと自分の背後を気にしている。まるで官憲の追跡を恐れる犯罪者だ。
 いや、そんな喩を用いるのは全くの無意味だ。この人影の背後から、低い音ではあるものの複数の人間がたてる足音が聞こえている。しかも、その足音は着実に音量を増しつつあった。疑う余地は無い。この人影は追われているのだ。
「………」
 小走りで先を急いでいたものの、裏通りの交叉路でその人影は立ち止まった。T字型で別れている路地の左右どちらを選ぶべきか迷っているらしい。
 厄介な問題だ。目的地は左の道を選んだ方が近いが、その道は追跡者に近づく(直接的では無いにせよ)コースを通る事になる。逆に右の道を選んだ場合、追跡者達と鉢合わせになる可能性は低いが目的地からは遠ざかる結果になってしまう。どちらを選ぶにしても、あまり望ましい結果だとは言えない。
 しかし、これ以上迷っている暇も無い。既に足音ははっきりと聞き取れる程の音量を持ち始めており、おまけにこちらを捜し求める怒号さえ聞こえてきつつある。これ以上迷っている暇は無い。
 結局、この人影は左の道を選んだ。とにかく事は一刻を争っているし、こちらの通路を通ったからと言って100%発見されると決まったワケでも無い。万が一発見されてしまったら……その時はその時だ。
 走りながら右手を左腰にそっと添える。そこには愛用の長剣がある。後の事を考えるとあまり気は進まないが、最悪の場合には追っ手と一戦交える可能性もある。たとえ目的地に付くのが遅れたり不可能になったりしても、捕われる事だけは避けなくてはならないのだから。
「……おい、お前!」
 路地を走り抜けるその人影の前に、ついに一人の追っ手が立ち塞がった。上から下まで純白の装備。そして至高神の紋章が彫られた長剣。この街の官憲役をつとめる存在、神聖衛士だ。
「ついに見つけたぞ……おとなしく観念するんだ!」
 抜いた長剣の刃を見せつけるように前向きに構えた格好のまま、じりじりと距離を詰めてくる。もっともあまり場馴れしていないのか、見た目にも明らかなほど腰が引けているが。
「……残念だけど、ここで捕まるわけにはゆかない」
 フードを通して、くぐもった声が漏れる。その声に神聖衛士はピクリと右眉を動かした。
「大した言いようだな。だが、到底逃げきれはせんぞ。何しろ街中を……」
 言葉は最後まで続けられなかった。
 神聖衛士が言葉を終えるよりも早くマントの人影がダッシュをかけ、瞬く間に衛士の懐に飛び込むや否や、既に抜き放っていた長剣で神聖衛士の胸部を貫いてしまったのだ。
「な……がっ……」
 一体自分の身に何が起きたのか、この衛士には理解する暇も与えられなかっただろう。
 だが、それでもこの衛士は最後の力を振り絞ってマントの人影に掴み掛った。その予想外の行動に、加害者は咄嗟に対応する術を持たなかった。
 鈍い音と同時にフードが強引に引き裂かれ、淡い金色の長髪と、意志の強そうな表情を持つ女性の顔が露になる。その正体を確かめる暇も無く、最後の力を振り絞った衛士はフードの切れ端を握り締めたまま、地面へと倒れた。
「……中々、大した忠義心ね」
 死体となった衛士に一瞥をくれながらそのマントの女性が呟く。
「こちらにも事情があるの。悪く思わないでね」
 そう言い残すと、再び路地の奥へと走り去って行った。

「見失った、ですって?」
 最高法院に隣接して建てられている神聖衛士団本部の一室で、ディアーネは不機嫌そうにその報告を受け取った。
「何百人もの衛士を動員しておきながら、不審人物の一人も拘束出来ず、あまつさえその一人を殺されるとは……!」
 常に赤みを帯びている彼女の瞳は、普段からそれを見た人間全員に恐れの感情を抱かせる迫力を持っていたが、怒りの炎を燃やして真紅に染め上げられたその瞳には背筋も凍るような恐怖心さえ感じてしまう。
「も、申し訳ございません!」
 神聖衛士団を束ねている初老の神政官は、ひたすらディアーネに頭を下げていた。
「何分、急な発見でありまして……動員した人員のわりに効果があがりませんでした。しかも優秀な者は、その殆どがイシスの聖印の捜索にあたっておりまして……」
「言い訳など聞きたくもない!」
 老神政官の言葉を、ディアーネは厳しい口調で遮った。
「貴様らの言い訳など、何百通り聞かされても得る物など何一つありはしない。いたずらに舌を動かしている暇があるのならば、直に行動にうつしたらどうなの?」
「ははぁ……」
 老神政官は頭を低くした。
「今回は失敗致しましたが、次に見つけた時は、必ずや……」
「絶対に捕らえてみせると?」
 ディアーネはすっと目を細めた。あらゆる慈悲や温情といった要素を排除した冷酷な目。
「本当にそれが出来るのかしら? イシス・ハーン様は寛大な御方だけど、明らかな無能者に対しては別よ。次もまた失敗するようならば、明日は無いと思いなさい」
 殺意とさえ受け取れる視線を向けられ、老神政官は脅えるかのように首をすくめる。
「わ、解っております。必ずや御期待に答えてみせましょう!」
 その科白が虚勢である事など、今更説明するまでも無い。だがこの老神政官に、他に答えようがある筈も無い。
「ふん……」
 露骨に機嫌の悪そうな表情を浮かべながら、ディアーネが窓辺に移動する。三階に位置するその部屋からの眺めは、“至高なる天空の大神殿”のそれと比べ、遥かに見劣りする。
(ヴァリス神聖皇家の血を受け継ぐ誇り高き戦乙女であるこの私が、こんな場所でドブネズミの追いかけっこを監督だなんて……全く、堕ちたものね)
 この国で最も高貴な血筋の家系に産まれ、その才能を如何なく発揮する事によって戦乙女の地位を手に入れた。それだけのエリートである自分が、こんな馬鹿げた場所で任務の監督に当らねばならないとは……屈辱以外の何者でもない。
 しかも下らない(と少なくとも彼女はそう感じている)“政治的効果”とやらの為に自分から行動を起こす事も出来ないのだ。精々無能な愚か者どもが繰り返す実効の無い無意味な行動に対して嫌味を言う事ぐらいしか出来ない。
 この場所で自分が果たすべき役目は、天空の神殿と地上の神殿を結ぶメッセンジャーであり、また至高神イシス・ハーンが無条件で地上の神殿を信用しているわけではないという事を思い知らせる為のシグナルサインである。つまりが、単なる道化の役回りだ。
 そして更に忌々しいのは、彼女にこの任務を拒否する自由が事実上存在しないという事だ。
 好むと好まざるに関わらず“遥か天空の大神殿”の守護役である以上、神殿宝物庫に収められていたアーティファクトの安全確保は本来自分の役目である。
 イシス・ハーン様もフォルシアも、今回の件に関して自分の責任を問おうとはしなかったが、それだけに彼女は追い詰められていた。責任を問われない以上、責任を果たす能力と意志があることを彼女は逆に自分から証明しなくてはならないのだ。
 そしてそうである以上、この道化役に今は甘んじておくしかない。
「それもこれも、あの新参者が……」
 思わず内心の呟きが声に出てしまう。ある日ふらりとこの国へ姿をあらわし、瞬く間に戦乙女の地位を手に入れた“漆黒の乙女”。
 その才能には一応の敬意は認める。どんな事情であれ、才覚の無い者は絶対に戦乙女として選ばれる事は無い。厳しい試練を乗り越えうる実力と、大いなる至高神が認める揺るぎない忠誠心があって始めて戦乙女として選ばれるのだ。
 かく言う自分も、その卓越した二剣術の腕前と揺るぎない至高神への忠誠を認められて戦乙女の地位を手にしたのだから。
 世界に未だ五人しかいない戦乙女の、しかもイシス・ハーン様の勅命によって長に選ばれた以上、“漆黒の乙女”フォルシアが優れた才覚の持ち主である事だけは認めざるを得ない。
 だが、それでも納得はゆかない。現在五人いる戦乙女の中で最古参はセレスであり、次順がシータで、その次が自分である。フォルシアは序列から言えば四番目の存在に過ぎないのだ。
 しかも、戦乙女になる以前のフォルシアは、あろうことかイシス・ハーン様に敵対する神性の巫女だったのだから。
 戦乙女を統べるのは経歴でなく実力だという事は熟知してても、こればかりは酷すぎる。悪い冗談にしか思えない。
 そして、今の自分はその悪い冗談に黙々と従うしか無い立場だ。
(今はいい……今は従っていてあげる)
 不用意に声が漏れるのを嫌いでもするかのように、ディアーネは固く唇を噛み締める。
(だけど、いずれその相応しくない場所から引きずり下ろして上げるわ……)
 そう。あの女に戦乙女の長は相応しくない。今回の事件を機会に、それを嫌というほど思い知らせて見せる。
 およそ戦乙女には似つかわしくない嫉妬/羨望といった暗い情熱の炎を、ディアーネは心の中で燃やしていた。

「事は重大なのです」
 アルシアが部屋に入室するや否や、彼女の挨拶も待たずにヴァネッサ司教は口を開いた。
「最高法院始まって以来の不祥事と呼ぶ事もできるでしょう……アルシア、この意味が貴女にわかりますか?」
「………」
 ヴァネッサの言葉に、アルシアは何も答えない。彼女が具体的な返事など求めていない事は、長年の付き合いから容易に察する事が出来た。
「言葉でわかっていても、実際の危機感としてわかってはいないでしょう」
 やれやれとでも言いたげにヴァネッサが軽く頭を振る。その動きにあわせ、彼女の見事なブロンドが揺れ動いた。
「盗まれた物は重大ではありません。取り返せばそれで良いのですから。真に問題なのは、盗みだされたという事実その物なのですよ」
 それがどれ程貴重品であっても、盗まれた物自体に問題は無い。法院から物が盗みだされたという事実そのものが問題なのだ。盗まれた物は取り返せば良い。だが、賊が容易く法院内に侵入できるという状態は改善されなくではならない。さもなければ、似たような出来事はこの先何度でも起こりうるだろう。
 つまり、ヴァネッサが言いたい事は、結果では無く原因に目を向けろという事だ。少なくともアルシアはそう理解した。そして真にヴァネッサが憂いている事も。
 果たして今この法院内で右往左往を繰り返している高級神職者達の何人がヴァネッサと同じ危機感を抱いているだろうか? 彼らは盗みだされた物を奪い返す事だけに目を奪われ、今回の事件の本質というものにまったく注意を払っていない。そうである以上、いつ何時似たような事件が持ち上がるか知れたものではないのだ。
 もっとも下級の神官に過ぎないアルシアに、それを口にするつもりはない。そのような事は神殿の運営に責任を持つ最高法院評議会の構成員達が考えるべき事であり、あきらかに下級構成員の分を超えている。それに、仮に再び事が起きたとしてもその責任を追うべきは彼らなのだ。
 彼らはその為にこそ高い地位と報酬、そして権力を与えられているのだから。
「ですが私を呼びつけられましてもこの場所に関する警備に対して、私は何の権限も持ちません。そういう事でありましたら、衛士長のガルモンド司祭殿へお話すべきではありませんか? それに……」
 脳裏に浮かんだ考えを元に敢えて常識的な返事を返してから、アルシアは軽く一息ついた。
「それに、私は所詮下級の神政官であるに過ぎません。今回の事件について、関与する立場ではないと思うのですが」
 アルシアの言葉に、ヴァネッサは軽くため息をついた。
「今の言葉を耳にしたのが私以外の者であれば、簡単に本心だと誤解する所ですね」
 ヴァネッサが立ち上がり、執務席を背に窓から外へと視線を走らせる。
「貴女が優秀な神官である事は、誰よりも貴女自身が良く知っている筈。もちろん、この私もそう思っていますけどね」
「………」
「本殿の愚か者達は貴女の生い立ちばかりに目を取られ、その才能に正当な評価を与えようともしていない。それは神殿組織にとっても、貴女にとっても不幸な事だわ」
 ヴァネッサの言葉に、アルシアの表情が硬くなってゆく。無理もない。ヴァネッサがこういう物言いをするのは、それが面倒な任務への前奏曲である事を彼女は良く知っていた。
 意味も無いのに、単なる下級神官をおだてる物好きがいる筈もないのだから。
「率直に申し上げまして……」
 無意味に芝居じみてきたやり取りに嫌気を感じたアルシアが、彼女にしては珍しい強硬な表情で言葉を続ける。
「司教様が何かを企んでおられる事はわかります。恐らくはその実行役に私を任命しようとしている事も。ですから、何が目的なのかはっきりと告げてください。
 率直に申し上げて私は司教様が善人であるとは思っておりません。ですが、司教様が部下を使い捨てにするような方でない事も存じておりますから」
「……その率直過ぎる発言も、貴女を不遇にしている原因の一つである事を理解しておくべきですよ」
 アリシアが口を閉ざすのを待って、ヴァネッサが答える。
「正直である事は、神職者として最良の美徳でしょうけど、残念な事にこの最高法院においては事情は異なるのですからね。出世できぬだけならまだしも、組織そのものから排除される結果になっては大変ですよ」
「司教様、これ以上お話が無いのでありましたら、私は自分の職務に戻らさせて頂きます」
 取り付くしまもないアルシアの言葉に、ヴァネッサは軽くため息をもらした。
「私ヴァネッサ・アール・スティシア司教の名において、貴女に任務を与えます。シュールド・アルシア・ファーレイン、貴女は一時的に法院秘書官の任を解かれ、新たに“イシスの聖印”捜索の任に付くことになります」
「“イシスの聖印”を……?」
 予想もしていなかったヴァネッサの言葉に、アルシアが驚いた表情を浮かべる。
「そんな……それは武官団の仕事では……? それに、私にそのような任務が果たせるとはとても……」
「とても思えませんか?」
 アルシアの言葉を、ヴァネッサが引き継ぐ。
「だけど残念な事に、貴女にこの任務を拒否する自由はありません。これは“至高なる天空の大神殿”に居られる戦乙女長フォルシア様より直接下され、評議会が責任を持って人選を行なった任務です。貴女にこの任務を全力で遂行する以外の選択肢は与えられていません」
「……では、一つだけ質問を許して下さい」
 抵抗する事が無益である事を悟り、アルシアは諦めたように口を開く。
「“イシスの聖印”捜索が課せられた任務だとしても、その人選は誰が行ったのです。フォルシア様が、私のような下位者の事を知っているたとは思えません」
「あぁ、その事だったら」
 まるで知人をお茶に誘うような気楽な声と表情でヴァネッサは答えた。
「この任務に貴女を推薦したのは私ですよ。これ程の重大事を任せうる者は、貴女をおいて他にいないと信じていますからね。もっとも貴女に任せるのが余程心配ならしく、これとは別に神聖衛士団も行動を続ける事になっていますけどね」
 まぁ、無理もない事だろう。法院の構成員としてはほぼ無名の存在であるアルシアに、これほど重要な任務を任せるのが不安に感じられるのは当然の事だ。
「……質の悪い冗談だとしか、解釈のしようがありませんね」
 半ば諦観の心境に達しながらも、アルシアは口を開いた。
「明かに危険を伴うと思われる任務を、文官である私が無事果たす事が出来るとは到底思えません。少なくとも武官室から適任者を選びだすべきです」
「連中に任せていては」
 侮蔑の響きを隠そうともせずにヴァネッサが答える。
「このヴァリア・ポリスに、不要な騒ぎと混乱を引き起こすだけのこと。連中と来たら、実力を誇示しつつ強硬的な手段でしか物事を解決出来ないのですからね」
 その言葉を聞いて、アルシアは自分がこの任務へと駆り出された本当の理由を悟った。
 文官室と武官室の勢力争い。簡単に言ってしまえば、単にそれだけの事であるにすぎない。最高法院内での複雑怪奇な勢力争いに、どうやら否応なく巻き込まれる事になったのだ。
(いえ、それだけでは無いわね……)
 いかにも善人面した笑顔でこちらを見ているヴァネッサから視線を背けながら、アルシアは更に思考を進めた。
(司教様は、この件を利用する事によって地上と天空の関係の改善を狙っている……)
 もし(その可能性は著しく低いものの)自分がこの任務を無事に果たせば、天空に対する地上の発言権を大きく増す事が出来る。何しろ今回の騒動の根源は、不用意な移動命令を発した天空側にあるのだから。
(では、逆に私が失敗すれば……)
 その時はその時で、地上に対して過剰な責任を押し付けたと糾弾すればよい。特に今度の件は主であるイシス・ハーン様では無く、その部下である戦乙女フォルシア様の名で発令されている。過剰な判断責任の追求はそう難しくないし、天空側としてもある程度の譲歩はやむを得ない。
 なるほど、ヴァネッサ司教はここ数十年来の切れ者として有名な人物だが、確かにそう呼ばれるだけの事はある。
「……お役目、謹んで拝命致します」
 結局のところ、アルシアにこれ以外の選択肢は存在しない。
「それでは、誰か適当な者を選んで秘書官の仕事を引き継いで貰いなさい。たった今より貴女は執政部の直属となります。あぁ……部屋の方は現在の場所を引き続いて使用して構いませんよ。準備が出来しだい、すぐに仕事を始めてもらうから」
 そう言いながら、ヴァネッサが執政部の紋章が彫り込まれたペンダントと、数枚の書類が収められている封筒を取り出す。
「貴女に与えられる権限とその地位は、全てこのペンダントによって保証されます。これを身につけている限り、貴女の意志は、最高法院その物の意志として解釈されるのです」
 そこまで言ってから、ヴァネッサが軽く笑う。
「正直言って、これだけの権限を個人に任せるのは、かなり不安なのですけどね。ですが、少なくとも貴女ならば無分別にその権限を行使したりはしないでしょう」
「……それでは私、準備がありますから」
 ヴァネッサの言葉には答えず、アルシアは軽く一礼すると返事も待たずに部屋を後にする。その態度にヴァネッサも軽く苦笑を漏らしたものの、敢えて制止しようとはしない。自分が駒として扱われる事を楽しく思う者がいる筈もない事を彼女は良く知っていた。
「でもね、アルシア……駒として扱われているのは、この私とて同じなのですよ……」
 呟きながら軽く呼び鈴を鳴らす。ほどなくして彼女の秘書官が姿を現わした。
「お呼びですか、ヴァネッサ様?」
「申し訳ないけれど、セルシア・ファーレインをここへ呼んで貰えるかしら? きっとこの建物内のどこかにいる筈ですよ」
 そう、駒として扱われているのは、なにも貴女だけでは無いのよ……。
 一礼して退出する秘書官の背中を眺めながら、ヴァネッサは呟いた。
 “大いなる天空の神殿”から見れば、この世界そのものが駒のような物なのだから……。