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無限の螺旋迷宮

序章

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

終章



 突然連絡を断った寒村の調査を命ぜられた審問官シード。
 目的地に向かう途中、シードは妙な少女と妙なきっかけから連れ合うハメになる。
 やがてたどり着いた寒村で、シードが目撃する事になる現実。
 望まぬモノを否応なく手にしてしまった少女に、彼はなにを思うのか?

第三章

「となると、残るは村の北側のエリアだけだな」
 村の酒場のテーブルの上に広げた近くの商店から拝借して来た地図を眺めながら、オレはゆっくりと口を開いた。
「南と西の居住地はあらかた見てまわったし、東の神殿については今更何をいわんやという所だ」
 なにせ始めて来る村だけによく地理が解らなかったが、こうやって地図を眺めて見ると改めて小さな村だという事がわかる。
「北側は何に使ってるの?」
 いかにも興味津々といった表情でクレアが尋ねて来た。
「まさか、断崖絶壁しかないなんて言わないでしょうね」
「この地図を見る限りは森、だな」
 隣で少女がむくれているのが目に入る。ったく、人の話は最後まで聞けってんだ。
「だが、森の奥に木こり小屋があるらしい。しかも、既に放置された建物らしい」
「木こり小屋?」
「どうやら村近くに新しく木こり小屋を立てたんで、奥にある小屋は放置されたままになっているようだな。手入れこそしていないだろうが、わざわざ壊してもないようだ」
 オレの言葉にクレアは、目を輝かせた。
「ビンゴ、ね」
「さて、どうかな」
 少女の楽観に、敢えて釘を刺すように言う。
「取り敢えずは行ってみないと結論は出せないからな。ハズレてても、あんまりガッカリするなよ」
 もっとも、クレアの耳にオレの言葉が届いているかどうか、甚だ不安だ。

 村外れの森は、異様な雰囲気に包み込まれていた。小動物の鳴き声はおろか、小鳥の囀りさえ聞こえては来ない。完全なる静寂。噂に漏れ聞くエルフ達の国グリューネワルツ・ラントでさえ、ここまでの静寂は保っていないだろう。
「なんだか、薄気味悪いわね」
 一時が万事傍若無人なクレアも、流石にこの雰囲気には勝てないらしい。この少女には珍しい心細げな表情を浮かべている。
「まぁ、確かにあまり気分の良い雰囲気じゃぁないな」
 森とは静寂な物であるべきだと大いなる至高神は述べたそうだが、それも程度によりけりだ。これは静寂なのではなく、全てが“死んで”いるに過ぎない。
 聞こえてくる音と言えば二人が踏みしめている草の音、そして僅かな息遣い。
 クソッ。いたらいたでうっとうしいだけだが、羽虫の一匹さえもいないとはあまりに不自然だ。
「相手によっては、一悶着を覚悟しなくちゃな」
 腰の長剣に軽く手を当てる。
「これだけの騒ぎを起こせると言うことは、少なくともそれ相応の腕前の持ち主だってことだからな……穏便にすむとは思えん」
「そうね……」
 明かに気乗りしない口調でクレアが答える。
「でも、世の中には自分だけではどうしようもないって事だってあるとは思わない?」
「はぁん?」
 少々調子を外されたような気がして、オレはクレアの方をマジマジと見つめた。さっきまでの人を小馬鹿にしたような表情では無く、何か沈痛な表情を浮かべている。
「オイ……」
「自分の思うがままに生きられるとしたら、世界はどんない素晴らしい物でしょうね」
 それは、先程までのクレアとは違う誰かだった。少なくとも、オレの知っているクレアでは無い。
「世界とは矛盾しているもの……誰しもが一つや二つ、望まぬ宿命を背負って生きている」
 そこまで言ってから、クレアはオレの瞳を鋭い視線で見据えた。
「貴方にだって心当たりがある筈よ」
 なんなんだ、一体?
 オレが、クレアに圧倒されている……! こんな年端もいかぬ小娘に?
「だとして、それがどうした? オレがどんな境遇に甘んじているとしても、お前さんには関係の無いことだな」
「あら、そう」
 オレの言葉に、クレアは素っ気なく答えた。
「でも、ガッカリだわ。もう少しマトモな返事を期待していたのに」
 少女は、いつも大事に持っている紫色の包みをそっと撫でた。
「ひょっとして、見込み違いだったかしら?」
 流石にカチンと来る言われようだが、ここでストレートに感情爆発させるのは、あまりスマートな態度では無い。
「そいつは、残念だったな」
 殊更平静を装いながらオレが答える。
「生憎オレは誰かに見込まれる程の大物じゃなくてね。御期待に添えなかったのならば、謝っておくよ」
 オレの言葉に、クレアは彼女には珍しい種類の笑みを浮かべた。
「成る程、まだ望み薄ってワケじゃなさそうね」
 正直言って気に入らない言われようだったが、敢えてオレは何も答えない事にした。

「こいつは……大当たりだったようだな」
 その光景を目にした時、オレの口から漏れた最初の一言目がコレだった。
「まぁ、確かに……当たり、よね。これは……」
 それ以外に言うべき言葉は無い、とでも言いたげな態度でクレアが言葉を続ける。
「これでハズレだとしたら、悪趣味にも“限度”って物をわきまえて欲しいわよね」
 確かに。
 崩れかけている木こり小屋の周囲は、素人目にもはっきりとした激しい“力場”が渦巻いており、周囲の風景はまるで蜃気楼かのように激しくゆらめている。
 誰がどこからどうゆう風に眺めて見ても、露骨に怪しいとしか思えないだろう。
「さぁて、御対面といくか……」
 長剣の柄に右手を当て、慎重に足を進める。
 これでも審問官として、水準以上の剣技を持っているつもりだ。相手が何であれ、簡単に遅れはとらない自信がある。
「まって……」
 力場に近づくオレに、クレアが後ろから声をかけてきた。
「あれを見て!」
 まるで力場の中から染み出すかのように、半透明の異形な者達が出現する。それも、二匹や三匹といった数ではなく、大量に。
「ちっ!」
 軽く舌打ちしながら、長剣を引き抜く。
「まったく、手荒い歓迎じゃないか!」
 叫び声とも唸り声ともとれる何とも奇怪な声を発しながら、それが襲いかかって来る。どうやら自分の身体そのものを、つまり体当たりを攻撃手段としているようだ。
 はん。見た目を裏切らない原始的な連中だ。
「はっ!」
 短い気合いと共に長剣が唸り、それを真っ二つに切り裂く。見た目に実体を持たないそれは、切った所で手応えが無い。
「くそっ……面倒な」
 薄々感じていた通りそれに剣の一撃は効果が無いらしい。切り裂かれたそれは、呆れたことにそのまま別々の二つとして襲いかかってくる有り様だ。
「大いなる至高の光よ……我が剣に宿りて正義と秩序の力を与えたまえ!」
 長剣の刃がきらめきを増し、ついで襲いかかってきたそれを再び切り裂く。切られたそれは、短い輝きを残し消え去った。
 ったく、面倒な事だ。心の何処かで馬鹿にしている神の力を借りなくてはならないとは。とんでもない便宜主義者になった気分だぜ。
「あら……思っていたよりも、修練を積んでいたのね」
 感心したようにクレアが言う。そちらの方を見てみると、それの襲撃を器用に避けて回っている。包囲されそうになっても、どこか隙間を見つけて安全地帯へと身を動かす。いやはや、器用な事だ。
 しかし、戦闘力を持たないのであれば、いずれ追い詰められてしまう。
「面倒だな、全く!」
 言わんこっちゃない。右左に器用に避けてはいるが、やはり動きが鈍っている。年相応の少女らしい体力しか無いのだろう。
 素早い動きという奴は、それに見合うだけの気力/体力の消耗を要求する。それに本人がどれ程集中力を持ち続けているつもりでも、いずれ張り詰めた糸はぷつっと切れてしまう。
 まったく手間の掛かる嬢ちゃんだ。まさか見捨てる訳にもゆかない。恩を売るつもりはないが、助けておかないと目覚めが悪くなってしまう。
「伏せてろ!」
 短く叫ぶと同時に長剣を振るう。オレの言葉通りに地面に伏せたクレアの頭の上を、うなりを上げて刃が通り抜ける。その周囲でクレアを狙っていた連中は、この一撃であっさりと消え去った。
「助かったわ」
 クレアが礼の言葉を口にする。
「全く……こんなに苦労するだなんて、予想外だったわ」
「どうも、さっきから気になる科白ばかりだな。いい加減オレにもわかるよう説明してくれたっていいんじゃないのか?」
「あら? 別に隠し事はしてないわよ」
 オレの質問に、クレアはしゃぁしゃぁと答える。
「単にあなたに真実が見えていないだけよ。答えは目の前にあるのだけどね……そんなことより」
 クレアは軽く顎をしゃくって見せた。
「どうやら、真打の登場らしいわよ」
 振り返ったオレが目にしたのは、力場の中で揺らめくように存在を露にしつつある、巨大な竜の姿だった。

「………!」
 抱きかかえた膝の中に顔を沈めていた少女は、ふとその顔を上げた。
 間違い無い。誰かがこの近くに来ている。それも大きな力を持った誰かが。
「いや……」
 少女が強く頭を振る。
 いや……。わたしを苛めないで……。わたしを苦しめないで……!
 声にならない少女の叫びにあわせ、少女の身体の中から巨大な力が湧き出つつあった。
 圧倒的な存在感と、そして明確な殺意と破壊の衝動を秘めた力が。
「助けて……」
 とどめも無く涙が溢れだす。
「お願い……誰か、わたしを助けて……」
 誰でもいいから、この苦しみからわたしを救って!