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無限の螺旋迷宮

序章

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

終章



 突然連絡を断った寒村の調査を命ぜられた審問官シード。
 目的地に向かう途中、シードは妙な少女と妙なきっかけから連れ合うハメになる。
 やがてたどり着いた寒村で、シードが目撃する事になる現実。
 望まぬモノを否応なく手にしてしまった少女に、彼はなにを思うのか?

序章

 すすり泣くように吹き抜ける冷たい風。周囲を強烈な光を投げかけながら、それでいて僅かな暖かみさえ感じらせる事のない陽射し。
 通りには誰一人の姿もなく、荷物を載せたまま放置された荷車や売り物を並べたままの屋台が空しく風を受けていた。通り沿いにならぶ家々の窓は開け放たれ、商店と思しき建物の鎧戸も開けられている。
 棚の商品はまるで買い手を待っているかのように行儀良く並べられ、ガラスはピカピカに研きあげられていた。生活の匂いが、確かにそこにはある。
 だが、何故か今ではまるで人の気配を感じる事は出来ない。かつてそこに人々がいたことは確かだが、今ではまるで無人のゴーストタウンのようになっている。人はおろか犬や猫と言った小動物も、一匹のネズミさえ存在は感じる事は出来ない。それは完全な静寂だけが支配している場所だった。
 村を取り巻く森には緑の木々が生え茂っていたが、不思議に生命の息吹をまるで感じらせない。
 小鳥のさえずりも、小動物の鳴き声も、そして草々のざわめきさえも聞こえては来ない。まるで粘土で作られた造形物であるかのように、ただその森は存在していた。
 広大な面積を占有して作られた実物大のジオラマ。そんな表現が一番正しいのかもしれない。たとえタチの悪い空き巣がいても、この場所から何かを盗みだそうという気だけは起さないだろう。この静けさはどこか病的に異常で、真昼間から背筋も凍るような恐怖さえ感じられる。
 どんなに苛烈な人為的または自然的な災害でもこんな光景を作り出す事は有り得ない。
 戦争や盗賊団の襲撃、そして疫病。一つの村が亡びさる理由は幾つか考えられるが、その全てがこの村には当てはまらない。
 どんな理由があれ、村人が日常生活そのままを放置した状態で完全に姿を消し去ってしまうなど常識では考えられない。
 しかし、同時に何がしかの異常を告げる気配もない。ある日突然、なんの脈絡も無しに村人は消え去り、この村から命の気配全てが払拭された。それ以外に解釈のしようはないだろう。

 ただ漠然と時の流れに身をゆだね、その村は目的も無く存在し続けていた。何者にも干渉せず、何者かに干渉される事を拒むかのようにただ静寂だけを友として……。
 その静寂がいつまで続くのか……それを知る者はいない。

「寒い……」
 少女は一人で寒さと寂しさに震えていた。彼女を助けてくれる者はいない。何しろ、この村にいる人間は彼女で最後なのだから。
「どうして……どうしてこんな目に合うの……わたしが一体何をしたって言うの……」  膝を抱えて座り込んだまま、少女は幾度と無く同じ質問を繰り返す。
「どうして……どうしてなの……」
 実際のところ、村人がいない事は彼女にとって重要な問題ではなかった。例え誰かが残っていたとしても、自分を助けてくれる筈が無い事を彼女は良く知っていた。
 生まれて物心が着いた頃には、既に彼女は村の中においては苛められ迫害されるだけの存在に過ぎなかった。殺してしまわなかった事に加害者の良心が僅かに見えているが、被害者にとってそれは単に苦痛が引き伸ばされているに過ぎない。慈悲どころか、更に苛烈な仕打ちと呼んでもよいだろう。
 重要な事は、この異変を招き込んだのが自分自身であるという事実だった。はっきりと覚えている訳ではなかったが、それでもそれに間違いはない。
 自分の中で何かが弾け、そしてその結果、この村の住人達は文字どおり消滅してしまったのだ。それがどんな力であり、なぜそんな力を自分が持っているのかも解らない。ただそこに事実があるだけだ。否定する事の出来ない確たる事実が。
「……どうしてわたしがこんな目にあわなくてはならないの……」
 理由も解らない。何故自分だけがこれ程までに苦しめられなくてはならないのだろう。何故自分だけにこんな仕打ちが行われるのだろう。
 自分はただ何事も無く生きていたかった。大きな望みも、ささやかな希望さえもいらない。何事もなく静かに暮らしたいだけ。その程度の望みが何故叶えられないのか……。
 震える肩を、少女は自分の手で抱きしめた。この震える肩を抱いてくれる相手を望むのは、それほどまでに許されざる事なのだろうか……。