無限の螺旋迷宮
序章
突然連絡を断った寒村の調査を命ぜられた審問官シード。
目的地に向かう途中、シードは妙な少女と妙なきっかけから連れ合うハメになる。
やがてたどり着いた寒村で、シードが目撃する事になる現実。
望まぬモノを否応なく手にしてしまった少女に、彼はなにを思うのか?
すすり泣くように吹き抜ける冷たい風。周囲を強烈な光を投げかけながら、それでいて僅かな暖かみさえ感じらせる事のない陽射し。
通りには誰一人の姿もなく、荷物を載せたまま放置された荷車や売り物を並べたままの屋台が空しく風を受けていた。通り沿いにならぶ家々の窓は開け放たれ、商店と思しき建物の鎧戸も開けられている。
棚の商品はまるで買い手を待っているかのように行儀良く並べられ、ガラスはピカピカに研きあげられていた。生活の匂いが、確かにそこにはある。
だが、何故か今ではまるで人の気配を感じる事は出来ない。かつてそこに人々がいたことは確かだが、今ではまるで無人のゴーストタウンのようになっている。人はおろか犬や猫と言った小動物も、一匹のネズミさえ存在は感じる事は出来ない。それは完全な静寂だけが支配している場所だった。
村を取り巻く森には緑の木々が生え茂っていたが、不思議に生命の息吹をまるで感じらせない。
小鳥のさえずりも、小動物の鳴き声も、そして草々のざわめきさえも聞こえては来ない。まるで粘土で作られた造形物であるかのように、ただその森は存在していた。
広大な面積を占有して作られた実物大のジオラマ。そんな表現が一番正しいのかもしれない。たとえタチの悪い空き巣がいても、この場所から何かを盗みだそうという気だけは起さないだろう。この静けさはどこか病的に異常で、真昼間から背筋も凍るような恐怖さえ感じられる。
どんなに苛烈な人為的または自然的な災害でもこんな光景を作り出す事は有り得ない。
戦争や盗賊団の襲撃、そして疫病。一つの村が亡びさる理由は幾つか考えられるが、その全てがこの村には当てはまらない。
どんな理由があれ、村人が日常生活そのままを放置した状態で完全に姿を消し去ってしまうなど常識では考えられない。
しかし、同時に何がしかの異常を告げる気配もない。ある日突然、なんの脈絡も無しに村人は消え去り、この村から命の気配全てが払拭された。それ以外に解釈のしようはないだろう。
ただ漠然と時の流れに身をゆだね、その村は目的も無く存在し続けていた。何者にも干渉せず、何者かに干渉される事を拒むかのようにただ静寂だけを友として……。
その静寂がいつまで続くのか……それを知る者はいない。