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無限の螺旋迷宮

序章

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

終章



 突然連絡を断った寒村の調査を命ぜられた審問官シード。
 目的地に向かう途中、シードは妙な少女と妙なきっかけから連れ合うハメになる。
 やがてたどり着いた寒村で、シードが目撃する事になる現実。
 望まぬモノを否応なく手にしてしまった少女に、彼はなにを思うのか?

第二章

「………」
 言うべき言葉を見出せず、オレは大口を開けた間抜けな格好で目前の光景を眺めていた。
「なんというか……」
 これまた何とも言い難い口調で少女が言葉を漏らす。
「まぁ、派手な光景ねぇ……」
 それは確かに派手な光景だった。神殿があるべき場所は、見事なまでに何も無い空間となっていたのだ。
 正確には、地面にポッカリと巨大なクレーターを残したまま神殿そのものが消失してしまっていると表現するべきかもしれない。
「おいおい……一体何の冗談だ。これは……」
 オレは本気で頭が痛くなってきた。冗談にも程がある。これはもはや限度を越えているとしか思えない。
 こんな小さな村とは言え、神殿はしっかりとした石造りの大型建築物だ。それが奇麗さっぱりと消滅してしまう事など、常識的には有り得ない。それに、この地面をえぐっている巨大なクレーターは何だ? まさか隕石でも降って来たのか?
「しかし、何と言うか……奇麗さっぱりと消えちゃってるわね」
 何とも現状に即した見事な言葉。まぁ、吟遊詩としては些か装飾にかけるストレートな言葉ではあるが。
「手品にしては悪趣味な上に手が込んでいるな……」
「手品って……どんな仕掛けを造れば、神殿一個を丸々消し去ってしまうなんて荒業が出来るのよ。よほど派手な魔法でも用いないと、とても実現出来る事じゃないわ」
 少女の言葉に、オレは僅かに顔をしかめた。魔法によって神殿が消滅させられた可能性については少女の言葉を待つまでもなく思い当たっていたものの、実際問題としてこの場所からは魔力の残留が全く感じられない。これほどの規模の魔法となると必要な魔力も生半可な規模ではあるまい。それだけの魔力を用いた痕跡を完全に消し去る事など不可能だ。多少でもいいからなにがしかの残留魔力があって不思議はない。
 だが、神官として鍛えられたオレの感覚には全く魔力の反応は感じられない。
 いや。そもそも神殿であった場所に、まるで魔力が感じられないというのも変な話だ。
 確かに神官なら誰でも魔法や神聖魔法を用いれるワケではないが、それでもその比率は一般に比べれば格段に高い。神殿のあった場所で魔力が全く感じられないのは、異常だとしか言えないだろう。
 神殿という場所が万人に等しく畏怖感を与えるのも、この圧倒的な魔力のプレッシャーがあればこそだ。
 要するに誰にでも直感的に理解可能な神々しさという奴だ。一種のはったりみたいなモンだが、そもそも神殿とはそんな場所だ。
「……何にせよ、異変の発端がここである事だけは間違いなさそうだな」
 冷静に状況を分析するだけの余裕を取り戻し、オレは偉そうに口を開いた。もっとも、内容の方は口ほど偉くはない。この状況下では誰でもたどり着く当然の結論だ。
「異変の原因がわからないままで、発端地だけわかっても仕方ないんじゃない」
「………」
 少女の言葉に、オレは返す言葉がなかった。

「常識的な見解が必要なら、もう既に答えはでているさ」
 一通り神殿のあった筈の場所を見てまわってから、オレは口を開いた。
「残っているのはクレーターだけで、何があったのかを示す痕跡は一切残ってはいない。こんな事は有り得ない。何かの間違いか、さもなくばタチの悪い冗談だ」
「でも、現実にこれは起きているのよ」
 オレの言葉に少女が反論する。その言葉にオレは軽く頷いた。
「そうだ……常識では有り得ない。にも関わらず現実にそれは起こってしまっている。つまり、これは常識で計れる性質を持った出来事ではないワケだ」
「成る程、見事な理論的完結ね」
 誉めてるのかけなしているのかわからない口調で少女が答えた。そしてやや挑戦的な視線でオレに尋ねる。
「で、貴方としてはこの件をどう解決するつもり? それとも何も無かった事にでもする?」
「それは魅力的な提案だが……」
 自然と表情が渋くなるのもやむを得ない。何も無かった事にしてしまうのは一番楽な解決方法だが、それでは神殿の方がおさまるまい。わざわざ調査員まで派遣しておいて『原因不明』で通る程、甘い組織ではないのだから。
「建前からしてそうもいかん。後は村の方を再調査して何とか形だけでも付ける事にするさ」
 オレの答えに、少女は盛大なため息を漏らした。
「正直っていう事が、ある種の美徳である事に間違いはないでしょうけどね……それって余りに正直過ぎる言葉じゃないの」
 その少女の言葉に、オレはさもどうでも良さそうに返事を返した。
「それが処世術ってモンだぜ、お嬢ちゃん。いつも真面目に振る舞っていたら気疲れしちまう」
「そうね……その通りだわ」
 茶化すつもりで言った科白に、その少女は真面目な表情でうつむいた。
「……そう言えば」
 何となく話題を変える必要を感じて、オレは慌てて違う言葉を口にした。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。オレはシード、シード・クレインロッドだ。お前さんの名前は?」
「……クレア。クレア・アスバーグと名乗ってるわ」
「名乗っている?」
 何ともはっきりとしない返事に、オレは眉をひそめた。
「それはつまり、本名を隠しているという意味か?」
 少々言葉がきつくなるのもやむを得ないだろう。本名を名乗らない相手に、どうすれば寛容な態度がとれる? それはこちらを騙すつもりがあるのか、それとも頭から信用していないのかどちらかを意味しているとしか思えない。
「隠すつもりはないけど……」
 クレアと名乗る少女が、困ったような表情を浮かべる。
「今はまだ時期が早いのよ……それに、今までもこの名前で通してきたから」
 げっ……涙目になってやがる。こいつは、困った。こう見えて、オレはこういうシチュエーションに弱いんだ。
「お願い、絶対にあなたを騙したりはしないから、今はこの名前で納得して」
「……わかったよ」
 お手上げだと言わんばかりの態度で、オレは軽く肩をすくめた。
「まぁ、お前さんの本名なんか、知っても知らなくても困りはしないからな……取り敢えずは、クレアと呼ばせて貰うよ」
「そう。そうしてくれるとこっちも助かるわ」
 半ば予想していた通り、やっぱり嘘泣きだったらしい。いとも簡単にけろりとした表情に戻ってクレアが言葉を続ける。
「正直言って、納得してくれなかったらどうしようかと思ってたけどね」
 もう、好きにしてくれ。この少女と関り合いを持ってしまった事を、オレは死ぬほど後悔していた。
 やっぱり、あの時に無理矢理でも無視しておくべきだった。
「ねぇ、一つ不思議な点がある事に気がつかない」
 こっちの沈み込んでいる気も知らずに、妙に明るい声でクレアが言う。
「この村、数週間以上も前から無人状態なんでしょ」
「まぁな……」
 今更無視する事も出来ず、不貞腐れたように返事を返す。
「だからこそ、こんな所まで調査にやらされているワケだからな」
「だったら」
 クレアが言葉に力を込める。
「少しは変だと思わない? この村、とても長期間放置されているとは思えないわ」
 湯気をあげていた食事。焼きたてにしか見えないパン。埃の一つも無く奇麗な輝きを保っているガラス……。
 言われるまでも無く、それら全てが異常だ。
「まぁ……確かに変だな」
 一週間もあれば食事は腐るだろうし、パンだって傷む筈だ。掃除する人間がいなければガラスはやがて埃だらけになるだろうし、壷に汲まれた水だって蒸発してしまっている筈だ。
 にも関わらず、この村はまるでたった今まで人がいたような状態を保っている。まるで、時間が過ぎてゆく事を拒否でもしているかのように。
「でしょ? つまり、この異変は明かに自然的な現象によって引き起こされたとは考えられないのよ」
「だとしても、この状況下ではどうする事も出来ないな」
 はっきり言って、そんな状況証拠などあってもなくても大差は無い。何かとてつも無く異常な事が起きている事は、一目瞭然の事実だ。はっきり言って、こんな状態をどうやって上層部に納得させるかという問題の方が余程大変だ。
「でも、こうは考えられない」
 話をまとめるかのようにクレアが言う。
「もし、これが人為的な現象の結果だとすれば、当然それを実行した者がいるわけじゃない。仮にこの村の住人を消滅させるのが目的だとすれば、もう目的は果たされているワケよね」
「……そうだな」
「だとすれば、この状況は絶対に変よ。村人達が消滅した瞬間の状態を保存し続けておく事に、意味があるとはとても思えないわ」
 確かに。こんな意味不明な状態を維持し続けるという行為に意味があるとは思えない。村人の消滅が目的ならば、その目的を果たした後は放置していれば良い。村がどれほど寂れていったとしても、犯人にはどうでも良い事の筈だ。
「じゃぁ、犯人の目的はこのみょうちくりんな状態の維持にあるとでも言うのか?」
 オレの問いに、クレアは軽く指を振った。
「それこそ、ナンセンスじゃない。わざわざ少なからぬ労力を使って、こんな妙な村の状態を作り出す事に意味があるとは思えないじゃない。それよりも、これは村人を消滅させた出来事の余波による物だと考えた方が合理的よ」
「その出来事が解らないから困っているんじゃないか」
 なんだか話がどうどう巡りを繰り返している。クレアの奴、まさかわざとオレを混乱させようとしているんじゃないだろうな?
「だから、ひょっとしたら出来事はまだ進行中なのかもしれないじゃない」
 自分の伝えたい事が伝わらないとでも言いたいのか、やや憤慨しているような強い口調でクレアが言う。
「この状況が、全てが終わった結果だと決め付けるのは早計じゃないかしら?」
「……つまり、お前さんは、まだこの村の中に犯人が潜んでいる可能性を言いたいワケだ」
 ようやくオレにもクレアの言いたい事がわかってきた。
「この状態は結果では無く、進行中の状態だと」
 成る程、未だ何かが進行中であると考えればこの異常な状況にもある程度の説明は付けられる。それが何だかはっきりとわからないが、村人全員の姿が消えるぐらいだ。ロクでも無い事だけは確かだ。
「もしその考えが正しいとすれば、まだこの村のどこかに犯人は潜んでいる事になるな」
 だとすれば話は簡単だ。その犯人をとっ捕まえてしまえばいい。その上で可能ならば村を元に戻し、不可能ならば最高法院までしょっ引けば良い。それで万事解決だ。
「よぉし、いっちょその線で調べてみるか」
 左の拳を右の掌に打ち付けながらオレは口を開いた。
「どうせ、他に手掛かりがあるワケでもないしな」
「どう? 少しはわたしも役に立つでしょ」
 胸を張って自慢げに言うクレアに、残念ながらぶつける嫌味の持ち合わせは無かった。

「………」
 少女はうつろな動きで頭を上に上げた。
 何かが近づきつつある。それも自分に害なす何かが。
「いや……」
 少女は激しく頭を振る。
 もうこれ以上、わたしを苦しめないで……。これ以上、わたしに罪を犯させないで……。
「罪……?」
 少女はうつろな瞳で、目前のひび割れた鏡を見つめた。そこには膝を抱き抱え、うずくまるようにして座り込んでいる自分の姿が写っている。
「罪……わたしの、罪……」
 そう、わたしは村人を全てこの世界とは別のどこかへと弾き飛ばしてしまった。それは紛れも無く罪。
 村人は、わたしを幼い時から迫害し続けてきた。それもわたしの罪。わたしの身体に流れる忌まわしい血が引き起こした、わたし自身の罪……。
「違う……わたしは悪くない……」
 身体に流れる血が忌まわしき物だとしても、それはわたしの責任じゃない。わたしが望んで産まれる血筋を選んだわけではない。
 それなのに……。
「どうして……」
 もう幾度と無く繰り返した問いの言葉を少女は再び口にする。
「どうして、わたしがこんな目にあわなくちゃならないの……」
 少女は僅かに身体を震わす。風が吹いたわけでもないのに、身体が寒い。外だけで無くその内側までも。
「寒い……」
 少女は自分の両手で強く自分を抱きしめた。
「どうして……」
 押えようとしても押えきれずに、両目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「どうして、誰もわたしを抱きしめてくれないの……どうして、誰もわたしを抱きとめてくれないの……」
 どうして誰もわたしを愛してはくれないの……。