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合わせ鏡の少女

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章



 古い想い出と気の合う友人。
 そんな理想的雰囲気に囲まれて神殿の勤めを果たしていたカロンは、ある日古い記憶を呼び覚ます少女と出会う。
 それは、それから始まるてんやわんやな日々の幕開けであると同時に、また一つの陰謀の始まりでもあった……。
 古い思い出と組織の陰謀……その二つが交叉する中、カロンは否応なく現実へと直面する事となる。

第一章

 その出会いは、僕にとってまさに唐突な出来事だった。

 僕にとって忘れる事の出来ない理由から、自分だけの聖域となった街道の並木。五年前そこで僕は一人の少女と出会い、そして幾つかの想い出だけを残して少女は去った。目を閉じれば、今でもその光景はありありと思い浮かぶ。
 もしかしたら僕は、自分で自覚している以上に諦めの悪い男なのかもしれない。幾分自嘲混じりの考えが脳裏を掠める。
 もう二度とあの少女と巡り合う事は無いだろう。それが解っていてなお未練が残っている。僅かに残された彼女の残り香だけを、知らず知らずのうちに追い続けている。何かに疲れた時、一人でいるのが寂しくなった時、僕は知らぬうちにこの並木の下へ訪れている。そこに残された少女の残り香と想い出だけが僕の心を癒してくれるのだ。
 そんな想い出に縋らなくてはならない程、今の僕は疲れているのかもしれない。

「……そんな所で何をしているの?」
 その想い出の木に背中を預け、ぼんやりと想い出に浸っていた僕は、唐突に横合いから掛けられた台詞によって無理矢理現実へと引き戻された。
 自分でも苛立つぐらい緩慢な動作で声の方に顔を向けると、そこに白いマントを羽織った一人の少女が立っていた。どこか旅の途中らしく、足元には大きな鞄が置いてある。少し癖のありそうな長い金色の髪と、意志の強そうな青い瞳が印象的な少女で、僕はその少女の容姿に見覚えがあった。
「……オデッセイ……?」
 その少女を一目みた瞬間、僕の口から自然と言葉が漏れる。その少女は五年前、僕の前から姿を消したあの少女とそっくりの容姿を持っていた。
「何を言ってるの?」
 僕の言葉に、少女がやや驚いた表情を浮かべる。無理も無い反応だ。
「あ……すみません」
 自分があまりに唐突な言葉を口走ってしまった事に気付き、僕は慌てて少女に軽く頭を下げた。確かに良く似ている容姿の持ち主だが、彼女が僕の前から姿を消したのはもう五年も前の話だ。いくら神々が長寿の持ち主とはいえ、外見上何の変化も無いってのもヘンな話だ。あまりのインパクトに、つい理性より感情が反応してしまった。
「貴女が知人に似ていたものですから、つい……」
「へぇ……そんなにボクと似ているの?」
 驚きから興味津々といった風に表情を変えながら少女が尋ねてくる。以外と人懐っこい性格の持ち主らしい。
「それはちょっと興味あるね……もしかして、キミの恋人?」
「いやぁ……そんなんじゃありませんよ」
 謙遜や照れがあるワケではないけど、彼女とはとても恋人と呼べる関係では無かった。確かに僕は彼女に惹かれていたけど、果たして彼女の方はどうだろう……?
「ふぅん……別に隠さなくてもいいのに……」
 あまり、というよりは露骨に信用していない視線で少女が僕の方を眺める。確かに、あの返事で納得出来る筈もないか……。
「別に隠している訳では……」
 そう答えてはみたものの、何だかますます墓穴を掘っているような気がする。泥沼とはこういう気分を指すのだろうか。どうやら僕はつくづく自分の不注意な発言に祟られるよう産まれついているらしい。
「まぁ、そんな事は別にどうでもいいけど」
 僕をからかうのに飽きたのか、少女が唐突に話題を変える。
「ところでファインアート市はまだ遠いのかな? 何しろこの辺は始めてで良く道を知らないんだ」
「ファインアート市なら、もうすぐそこですよ」
 少女の質問に些かの可笑しさを感じながら答える。
「というより、貴女が今立っている場所が地理的には既にファインアート市ですよ」
 名実ともにこの地方の中心であるフェーンバード市や大都市であるカーマイン市が堅固な城壁で囲まれているのに比べ、宗教都市であるファインアート市には目立つ城壁が存在しない。至高神神殿がある一部のエリアだけは比較的強固な石壁で囲ってあるものの、市街地は簡単な柵で囲っているに過ぎない。宗教都市という性質上人の出入りに制限はなく、当然ながら衛士やそれに類する入出市管理組織もない。始めてこの場所を訪れた人が、一体どこからがファインアート市なのか判断出来ないのも無理はないだろう。
「あ……そうなんだ」
 僕の返事に少女はやや虚を突かれたような表情を浮かべたが、やがてすぐに自分を取り戻した。
「なぁんだ、それなら慌てて損しちゃったよ。今日中に着かないとヤバかったから正直困ってたんだけどね。でもまぁ、無事に着いたんだから良しとするか」
「それはご苦労様。そんなに慌てる必要があるとは、貴女こそ恋人と待ち合わせでもしていたんじゃないですか?」
 すこしばかり逆襲してやろうと、ボクはやや意地の悪い言葉を少女にかける。だが当の少女はそれに気付いた風もなく、大仰な態度で首を振ってみせた。
「そんな色っぽい話だったら良かったんだけど、現実は仕事がらみの話だからね……全く夢も希望もありゃしない」
「………」
 ……何というか、とてつもなく変わった少女である。ノリが良い、というべきなのだろうか? それとも単なる変人の類として見なすべきなのだろうか? もっとも変人度については人の事を言えた立場では無いのだが。
「まぁ、世の中とは常に面白い事ばかりとは限りませんからね」
 何と答えていいのやら解らず、自分でもちんぷんかんぷんな返事を返す。
「全くだよ……生きている間に、一度ぐらいは良い事もあるといいけどね」
 そこまで言ってから、少女は足元の大きな荷物を持ち上げた。
「中々面白い人だね、キミは」
 誉めてるんだか、それとも馬鹿にしているのやら判断しかねる表情で少女が言う。
「でも、結構仲良くなれそうだ」
 言いたい事だけ言うと荷物を背負い上げた少女は、別れの挨拶のつもりか片手を軽く上げて歩き去って行った。
「……やれやれ」
 思わず苦笑いが漏れる。確かに変わった少女だが、不思議と親しみが持てる。確かに仲良くなれそうではあるが、些か苦手なタイプである。

 おっと……いつの間にか相当な時間が立っている。明日は仕事があることだし、今日はこの辺で帰る事にしよう。